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カナダのポップ・カルチャー 寄稿:田中俊弘

高校生や大学生に「カナダと言われて思いつくもの」を尋ねると、「寒い」、「ナイアガラ」、「メープル・シロップ」など、おそらく昔から変わらない語句に「アヴリル」という人名が混ざる。「アヴリル・ラヴィーンがカナダ人だとよく知っていたね」と返すと、彼らは嬉しそうな顔をする。あるいは、大学教員からその名前が出たことに少し驚いているのかもしれない。
 カナダ人ミュージシャンの名前を出すと、洋楽好きの高校生や大学生にカナダへの接点が生まれる気がする。最近では、アヴリルの他、…名前を聞いて喜ぶ学生の数はまだ少ないが、マイケル・ブーブレ(Michael Buble)あたりだろうか(Wikipediaの“Music of Canada”の項にはミュージシャンの名前がずらりと並ぶ。邦語では、『カナダ―メープルの国のゆかいなピープル(ワールド・カルチャーガイド)』〔WCG編集室編、トラベルジャーナル社、2000年〕も参考になる)。その他、たとえば、サラ・マクラクラン(Sarah McLachlan)も学生から「知っている!」という声が時々あがるが、彼女は既に「大物」の範疇だし、シャナイア・トウェイン(Shanaia Twain)も、カントリー界では有名な存在だ。日本で自動車のCMにも使われたシャナイアの“UP”のミュージック・ヴィデオには、カナダ的要素が盛り込まれていてなんとなく嬉しい。
 私が講義で(自分の能力を超えるテーマと知りつつ、かなり無理をして)カナダの文化について話す際は、「米国との差異を強調するハイ・カルチャーと米国と同化するポップ・カルチャー」という説明から入り、連邦政府が自国のポップ・カルチャーを守るためにテレビやラジオでの国産番組・音楽の保護をしている話をして、他方、実はカナダがポップ・カルチャーの有力な輸出国だという説明をしている(”Look Who’s on the Marquee” by Andrew Purvis, Time [Canadian Edition] Aug. 9, 1999を参照)。
 また、『ミュージック・マガジン』が「カナディアン・ポップの底力」という特集を組んだ1996年12月号に、当時筑波大学客員教授だったテイラー(M. Brook Taylor)が執筆した「自己客観性と皮肉なユーモアが味:カナダ人が分析するカナダの音楽」という記事を引用しつつ、分かったような分からないような話をしている。以下、少し長くなるが、彼の文章を抜粋引用してみよう。

…一般的に言うなら、〔カナダ人歌手の〕特徴は、超大国アメリカの隣に住んでいるがゆえの皮肉、風刺、ユーモアにある。彼らはアメリカ人のアーチストのように、特定の判断をリスナーに強要したり、自分を絶対視することがない。熱っぽい賛歌や自己主張よりも、自分や社会をもっとクールに内省的に見つめようとするのだ。大都会のメイン・ストリームとは距離を置いた「田舎的」発想や感性としても現れる。
 …レスリー・ニールセン(裸の銃を持つ男)やマイケル・J・フォックス、ジョン・キャンディなど、アメリカの優れたコメディアンの多くがカナダ人であることも、自分を客観的に皮肉なユーモアを交えて観察するというカナダ人の資質と大いに関係があるのではないか。つまり、自分をあまり誇大には考えない傾向があると思う。他者への迎合ではなく、むしろ自分の感性自体にこだわりつつも、それを他へ強要しようとはしないのだ。アメリカ人と区別されるカナダ人らしさとは、…どんなに過激だったりコミカルだったりの装いをまとっていても、その裏には意外なほど冷静な自己省察や、他者への配慮が潜んでいる点だろう。
 先住民出身のスーザン・アグルカークや、ケルト系のアーチストに顕著なように、少数民族としての出自を明確にする点も、多文化=多民族社会の特徴の反映であり、マジョリティ指向(メルティング・ポット型)のアメリカとは異なっている。…

 この種の話は私の研究テーマには直接関係しないけれど、我々の仕事の一端が、日本におけるカナダ理解を促進することにあるのなら、彼らの音楽やポップ・カルチャーに触れておくのも、意外に大切なのかもしれない。
田中俊弘(麗澤大学)(日本カナダ学会関東地区ニューズレター1号〔2009年3月〕より転載)

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