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アルバータ州に大きく咲いたオレンジ色の花

アルバータ州に大きく咲いたオレンジ色の花

陶山 宣明

常に驚きで満載のカナダ政治の歴史に、また新たな一ページが加わることとなった。長らく保守勢力の湯池鉄城と看做されていたアルバータ州において、2015年5月5日(火)に行われた州議会選挙で、新民主党(NDP)政権が安定過半数議席を奪って、1971年からずっと続いていた進歩保守党(PC)政権に遂にピリオドが打たれたのである。自由党がPCを倒しても十分にビッグニュースとなり得たところに、勝者は思いもかけなかったNDPだったので、カナダ中のヘッドラインとなった。もしアルバータで政権交代劇が起こるなら、政権掌握に成功するのはPCを右側から攻め立てるワイルドローズ党(WR)だろうと見る向きもあった。

レイチェル・ノトリー新首相は、アルバータ大学政治学部を卒業して、ヨーク大学のオズグッド・ホール・ロースクールに学んだ。亡父グラント・ノトリーは16年もの長きに渡ってアルバータNDP党首を務めたたけでなく、PCの擬似一党独裁体制の中で13年も自らの議席を守った。しかし、1984年に州の北部で起こった飛行機事故で不遇の死を遂げてしまう。ノトリー(父)が存命であれば、もっと早くに州の政治は変革されていたであろうと大方の専門家は見ている。一見すると娘が父の遺志を継いで成功した形だが、ノトリーはむしろ人生の過程で遭遇した他の人の影響の方を大きく受けていると述べている。州都エドモントンの中心の目抜き通りを含むストラスコーナ選挙区は1986年から1度の例外を除いてNDPの安全議席となっているが、ノトリーは2008年選挙で前党首にその議席を譲られて州議会入りを果たした。

今回なぜこうした予想外の選挙結果が出たのか、深い分析を要する。2012年選挙の後に既に法律で定められていた次の選挙の日程(2016年)を無視して、世論調査でPC支持が野党を大きくリードしているのをいいことに、ジム・プレンティス前首相は議会の早期解散に踏み切った。連邦レベルから降りて来て州首相の地位に収まっていたプレンティスのオポチュニスト的な印象は払拭されるどころか、更に強まって選挙戦に突入した。選挙運動期間、簡単なメッセージで党の魅力を州民に訴えて支持を拡大していったNDPに対して、旧態依然のPCはNDPが政権を取ったら石油資源をベースにした州経済に取り返しのつかない破綻が生じると否定的な防戦に終始したため、大量議席(44)をNDPに奪われただけでなく、右側の方ではWRに差引6つ失った。州南部に票を集中させたWRは州全体に拡散させたPCに得票数では劣りながらより多くの議席を得たため、PCは第二野党の地位にまで落ちてしまった。

オタワで政権にある政党は州レベルの選挙で苦戦を強いられるパターンが古くから看取されるが、カナダ保守党政権も早9年となり、アルバータPCは連邦政府と対立してでも州益を守ってくれる政党とは見てもらえないようになっていた。アルバータで自由党が政権を奪取するチャンスはなかったのかと言えば、アルバータ自由党のリーダー、布陣、戦略次第で突破口は開けていたと思われる。但し、カナダ自由党党首ジャスティン・トリュドーがアルバータの選挙戦に州自由党の応援に駆け付けることはなかった。1970年代に西部で絶大な不人気を誇った父のピエール・トリュドーが州レベルの選挙に少しでも関与すると間違いなくアルバータ自由党には逆効果になっていたから距離を保っていたが、例えジャスティンがアルバータ入りしたとしても、場違いな感を残しただけであろう。カナダ連邦では、二大政党の連邦ウィングと州ウィングはとても緩やかに結ばれていて、同じ政治組織に属する以上はウィング間で大まかな政策の調整はするにせよ、ほぼ別団体であるかの如くに活動する。ノトリー首相も、これから、アルバータを地盤とするスチーブン・ハーパー首相、ケベックを地盤とするトム・マルケアNDP党首との関係で、バランスを保っていく必要があるが、このアルバータでのNDPの勝利は秋に予定されている連邦選挙に向けてマルケアの追い風となるのは必至である。ノトリー党首の下で、アルバータNDPは連邦NDPを強力にプッシュアップするはずである。

ノトリー首相以下、全員の閣僚にとって、州政を司るのは初めての体験となる。とは言え、政党自体が俄かに立ち上げられたわけではなく、アルバータNDPは、長らく野党として培った知識と経験に裏付けられた中道左派安定路線を着実に歩んでいくと予想される。姉妹州のサスカチュワンが左派政権なのに対してアルバータは右派政党の牙城と見る紋切型に遂にねじれが生じて、この逆転現象が、天然資源が豊富でリッチな2州の間にこれからも持続するのかは未だ分からない。それに、ジョー・ディーフェンベーカー首相の時代のサスカチュワン州民は連邦レベルと州レベルで対極的に異なった政党(PCと協同連邦党)を支持している歴史があるので、アルバータ州民も秋の連邦選挙ではハーパー保守党の支持に回る可能性も決して否定できない。カナダの政治はいつも荒れ模様で、予断を全く許さない。本当に久しぶりに、アルバータが連邦選挙の熱い戦場となりそうである。

なお、小選挙区制で小政党が議席を取るのは困難だが、中道を謳うアルバータ党の党首グレゴリー・クラークがカルガリーでPCから議席を奪ったのも新しい潮流である。これからアルバータ党が伸張していくための足場を築けるか注目される。アルバータには、州が生まれた1905年に政権に就いた自由党を除いて、長期安定政権を謳歌した政党はその末には消滅に至るジンクスがあることにも留意したい。(帝京平成大学) 

関東地区ニューズレター13号(2015年9月)より転載

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