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オンタリオ州(Ontario)

オンタリオの地形は人口も多く、気候も比較的温暖で農業にも適した南部オンタリオ、そして人口も少なく冬には厳しい寒冷気候となる北部・北西部のオンタリオという2つに区分される。オンタリオという名前には2つ説があり、1つはヒューロン族の言葉で「大きな湖」(オンタリオ湖を意味する)、他方はイロコイ族の言葉で「美しい湖水」から命名されたとされる。あるデータによればオンタリオ州には25万前後の淡水湖が存在すると言われている。トロントより南部の地域は気候も温暖でオンタリオ・ワインの産地として有名である。

オンタリオはカナダの中央部に位置し、経済、文化、そして政治の中心地として大きな影響力を持つ重要な州である。2009年には人口数は1,300万人を超え、カナダ全体に占める割合は38%になっている。またトロント、オタワ、ハミルトンなどの大都市も拡大傾向にある。連邦下院の議席配分は州ごとの人口数に比例するようになっており、政治的にはオンタリオ州の発言力(下院議席総数308議席中のうち106議席)も大きいものとなっている。経済力を見ると、オンタリオのGDPはベルギーやスウェーデンより大きく、北米大陸にあってもその存在は顕著である。カナダのGDPに対してオンタリオのGDPは37%を占め、またカナダの工業製品の輸出の38%も占めている。加えてカナダにおけるハイテクや金融業に勤める従業員の約4割がオンタリオで勤務していると言う。

ところでオンタリオ経済の強みは自動車製造やハイテクなど先端工業の中心地であるだけではなく、金やウランといった豊富な鉱物資源や森林に恵まれ、また農業や畜産業にも恵まれている点にある。加えて北米自由貿易協定(NAFTA)の恩恵を生かし、米国との通商や交流を活発に行なえることにある。ある推計によれば、オンタリオ南部から1日のドライブで1億5,800万人の消費者(カナダと米国を含む)にアクセスが可能とされる。

歴史的な起源としては、1791年にケベック植民地を分割して生まれたアッパー・カナダが現在のオンタリオの始まりとなっている。ケベック植民地の東部にはフランス系住民が多かったが、同植民地の西部にはアメリカの独立革命を嫌い、英領植民地へ逃れてきた王党派(ロイヤリストと呼ばれる)が到来した。その結果、同じ英領植民地の中で仏語系・カトリック系住民と英語系・プロテスタント系住民(王党派)という異なる2つの集団が存在することになり、英国本国はケベック植民地をロワー・カナダとアッパー・カナダという2つに分割することにした次第である。ただし、1841年には2つを再統合して「連合カナダ」植民地が生まれた。その後、1868年にはカナダ連邦が結成されたが、連合カナダは再び分割されて、オンタリオとケベックとなった。連邦結成後はケベックとともに、カナダ連邦を発展させる原動力となり、これまで大きな貢献をしてきた。

(加藤普章)

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