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ナショナル・ポリシー(Nanional Policy)

1878年の総選挙の際に保守党党首のジョン・A・マクドナルド(Sir John A. MacDonald, 1815-1891)が、時の自由党政権の歳入関税政策に対抗して掲げ、勝利したスローガンで、工業育成のための保護関税、大陸横断鉄道の建設、移民誘致による西部の開発を三大支柱とする国民経済政策をいう。1867年に発足したカナダ自治領は、ノヴァ・スコシア、ニュー・ブランズウィック、ケベック、オンタリオの4州からなる小さな連邦にすぎなかったが、1869年にルパーツランドが、1871年にはブリティッシュ・コロンビアが加わって「海から海ヘ」の大陸横断国家へと膨張した。

政権についたマクドナルドは、1879年に繊維・鉄鋼などの工業製品と石炭の関税率を10~30%引き上げ、逆に原料品・半製品の関税を引き下げて国内工業を育成し、これによって増加した国庫金を大陸横断鉄道の建設にあてて1885年に完成させ、この鉄道によって移民を誘致して西部を開発すると同時に工業製品の市場を拡大し、国民経済の発展をはかった。それは中央カナダの実業界を支持基盤とする中央集権的な国家統合政策であったため、州権論や地域主義に基づく地方の反発や抵抗を招き、妥協と調整を余儀なくされた。

1896年にマクドナルド亡きあとの保守党を破って政権の座についた自由党ウィルフリッド・ローリエ(Sir Wilfrid Laurier, 1841-1919)も実質的には保護関税政策を踏襲したが、1911年米加互恵条約を結んで自由貿易を選択した結果総選挙で大敗し、保守党政権による「ナショナル・ポリシー」が継続された。

(富田虎男)

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